なぜ日本人は L と R が聞き分けられないのか——そして 30 年前から答えは出ている
light と right。glass と grass。ネイティブが発音した 2 つの単語を聞いても、多くの日本語話者にはまったく同じに聞こえます。英語を何年も勉強し、単語も文法も知っているのに、です。
これは「耳が悪い」からでも「英語のセンスがない」からでもありません。人間の音声知覚の仕組みから説明できる、ごく普通の現象です。そして、あまり知られていませんが——この問題への答えは 30 年以上前から研究で示されています。
原因は「音のカテゴリ」が作られていないこと
赤ちゃんは生まれた直後、世界中のあらゆる言語の音の違いを聞き分けられることが知られています。ところが生後 1 年ほどの間に、脳は母語で使われる音の区別だけを残し、使われない区別への感度を下げていきます。母語の処理を効率化するための、いわば知覚の最適化です。
日本語のラ行の子音は、英語の L とも R とも違う音(弾き音)ですが、日本語の中では L 的な音と R 的な音を区別する必要がありません。そのため日本語で育った脳は、英語の /l/ と /r/ をどちらも「ラ行の音」という同じカテゴリに吸い込んで知覚します。聞こえていないのではなく、脳が「同じ音」として処理してしまう——これが「聞き分けられない」の正体です。
「大人になったら手遅れ」は誤解
では、大人になってから音のカテゴリを作り直すことはできないのでしょうか。
1991 年、米インディアナ大学の研究チーム(Logan, Lively & Pisoni)は、日本語話者を対象にある訓練を行いました。複数の話者が発音する light / right のような最小対語(ミニマルペア)を聞いてどちらかを判定し、正誤のフィードバックを即座に受ける——これを数週間繰り返すというものです。結果、参加者の /l/-/r/ の聞き分けは有意に改善し、訓練に使わなかった新しい単語や新しい話者にも効果が般化しました。
この手法は高変動音素訓練(HVPT: High Variability Phonetic Training)と呼ばれ、その後 30 年にわたり追試と拡張が続けられています。聞き取りの訓練だけで発音まで改善することを示した研究(Bradlow ら, 1997)や、効果が数ヶ月後も保持されることを示した研究もあります。L/R に限らず、B/V や S/TH など他の音素ペア、他の言語の学習者でも効果が確認されています。
なぜ普通のリスニング学習では伸びにくいのか
「毎日ポッドキャストを聞いているのに聞き分けられるようにならない」という声はよく聞きます。理由ははっきりしていて、文脈があると、音を聞き分けなくても意味が取れてしまうからです。"Turn ( ) at the corner" と来れば、light か right かは音を聞かなくても分かります。脳は省エネなので、聞き分ける必要がない状況では聞き分けを学習しません。
音のカテゴリを作り直すには、文脈の助けを借りられない状態で「どちらの音か」だけを判定し、答え合わせをする——という、リスニングというより筋トレに近い反復が必要です。だからこそ、通常の多聴・多読とは別枠のトレーニングとして行う価値があります。
自分で実践するには
HVPT の要件を整理すると、次の 4 つになります。
① 最小対語(light/right のように 1 音だけ違う単語のペア)を使う。② できるだけ多くの話者の音声で聞く。③ 聞いたらどちらかを判定し、すぐに正誤を知る。④ 短時間でよいので毎日続ける。
市販の教材でこれを揃えるのは意外に大変で、特に「同じ単語ペアを多数の話者の声で」という条件を満たすものはほとんどありません。研究の世界では確立された手法なのに、学習者が実践する手段が少ない——このギャップを埋めるために、私たちは HVPT を設計そのままアプリにしました。
