「ア」は 3 種類ある:hat・hut・hot の聞き分け方を音とスペクトログラムでつかむ
帽子の hat、小屋の hut、暑いの hot。カタカナで書くと「ハット」「ハット」「ホット」ですが、アメリカ英語ではこの 3 語の母音はどれも別の音で、hot も日本語話者の耳には「ハット」に近く聞こえます。日本語の母音は 5 つしかないので、英語の「ア」に近い 3 つの音は、どれも日本語の「ア」1 つに丸め込まれてしまうのです。この記事では、音声を聞きながら、3 つの「ア」の違いをスペクトログラム(音の成分を色で表した図)で確かめていきます。イヤホンかヘッドホンを用意してください。
まず聞いてみる
アメリカ英語の 3 人の声で、hat・hut・hot を聞き比べてみてください。
| アメリカ英語・男性 | |||
| アメリカ英語・女性 | |||
| アメリカ英語・男性 |
3 つとも同じに聞こえても心配いりません。音声記号で書くと、hat は /æ/、hut は /ʌ/、hot は /ɑ/ という別々の母音です。聞いたときの印象で言えば、次のような違いがあります。
| 単語 | 母音 | 聞こえ方 |
|---|---|---|
| hat | /æ/ | 「エ」に寄った、明るく平たい「ア」。少し長めで、「ヘァ」のように聞こえることもある |
| hut | /ʌ/ | 短く、力の抜けた「ア」。日本語の「ア」にいちばん近い |
| hot | /ɑ/ | 奥で響く、こもった深い「アー」。長めで、少し「オ」に寄る |
なお、イギリス英語では hot の母音は「オ」に近い別の音(/ɒ/)になり、「ホット」に近く聞こえます。この記事の音声はすべてアメリカ英語です。日本語にない音の区別が聞き取れない理由は「なぜ日本人は L と R が聞き分けられないのか?」で解説しています。母音でも仕組みは同じです。
聞き分けの手がかりは「明るさ」と「長さ」
3 つを分ける手がかりは 2 つあります。1 つは音の明るさです。hat がいちばん明るく、hot がいちばん暗く、hut はその中間です。もう 1 つは長さで、hut の母音は 3 つの中でいちばん短く切れます。まずは「明るい・中くらい・暗い」の 3 段階を意識して、上のボタンを聞き直してみてください。
スペクトログラムで、目で見て比べる
スペクトログラムは、音を時間と高さに分けて、どの高さの成分がどれだけ強く出ているかを色で表した図です。見方は次の 3 つです。
- 横軸は時間です。左から右へ進み、1 枚の図が単語 1 つ分(0.4〜0.5 秒ほど)です。
- 縦軸は音の高さ(周波数)で、上ほど高い成分です。目盛りの数字の単位は Hz(ヘルツ)で、1 秒間に空気が何回振動するかを表します。たとえば 2000 は、1 秒間に 2,000 回の振動です。
- 色は成分の強さです。黒、紫、橙、白の順に強くなります。
母音のところでは、強い成分が橙や白の横長のかたまりになり、縦に何段か重なって見えます。このかたまりを「帯」と呼びます。下から 1 本目と 2 本目の帯の高さが、母音の音色を決めています。図では、1 本目の帯に水色の線(1)を、2 本目の帯に黄緑の線(2)を重ねました。いちばん下の縁に張りつく明るい層は声帯の振動そのもので、帯には数えません。上端の記号は音の区切りで、枠で囲んだところが母音の区間です。図かボタンを押すと、再生に合わせて位置が進みます。



アメリカ英語・男性。水色の線(1)が 1 本目の帯、黄緑の線(2)が 2 本目の帯。
3 つの図で、違いがいちばんはっきり出るのは黄緑の線(2 本目の帯)の高さです。hat では 2 本目の帯が 1,800 Hz 前後と高い位置にあり、水色の線(1 本目の帯、700 Hz 前後)との間がいちばん大きく開いています。2 本目の帯が高いほど、音は明るく聞こえます。hut では 2 本目の帯が 1,400 Hz 前後まで下がり、母音の区間も短くなっています。この声では、hat と hot の母音がおよそ 0.26 秒なのに対して、hut は 0.2 秒ほどです。hot では 2 本目の帯がさらに 1,150 Hz 前後まで下がり、1 本目の帯との間が 400 Hz ほどに詰まって、2 本が 1 つの太い帯のように見えます。これが、こもった「暗い」音色です。



アメリカ英語・女性。線の見方は上の図と同じ。
女性の声では、全体に帯の位置が高くなります(hat の 2 本目の帯は 2,100 Hz 前後)。それでも、hat から hut、hot へと 2 本目の帯が下がっていく並びは同じです。声が変わっても、帯の高さの「順番」は変わりません。聞き分けで頼りにするのは、この相対的な明るさの違いです。
例語ペアで自己テスト
3 つを一度に聞き分けるのは難しいので、まずは 2 つずつ練習します。前半の 4 組は hat と hut の違い(/æ/ と /ʌ/)、後半の 4 組は hot と hut の違い(/ɑ/ と /ʌ/)です。左右どちらが明るく聞こえるか、どちらが短く切れるかに注目してください。
/kæp/ 帽子 | /kʌp/ カップ | アメリカ英語・女性 |
/bæɡ/ かばん | /bʌɡ/ 虫 | アメリカ英語・男性 |
/mætʃ/ 試合 | /mʌtʃ/ たくさん | アメリカ英語・女性 |
/fæn/ ファン、扇風機 | /fʌn/ 楽しみ | アメリカ英語・男性 |
/ʃɑːt/ 発射、ひと口 | /ʃʌt/ 閉める | アメリカ英語・女性 |
/dɑːk/ 波止場 | /dʌk/ アヒル | アメリカ英語・男性 |
/ˈkɑːlər/ 襟 | /ˈkʌlər/ 色 | アメリカ英語・女性 |
/ˈwɑːndər/ 歩き回る | /ˈwʌndər/ 不思議に思う | アメリカ英語・男性 |
ここから先は「量」の世界
手がかりが分かっても、会話のスピードで母音を聞き分けるには反復が必要です。研究で効果が確認されている方法は、多くの話者の声でミニマルペアを聞き、どちらかを判定して、すぐに答え合わせをする、という流れを毎日短時間くり返すこと(高変動音素訓練、HVPT)。この記事の再生ボタンを順に押すだけでは「正解を知ったうえで聞く」練習にしかならないので、ランダム出題と正誤フィードバックのある環境で鍛えるのが近道です。子音の聞き分けは「L と R の聞き分け方」「B と V の聞き分け方」、r のつく 2 つの「アー」は「hurt と heart の聞き分け方」で同じように解説しています。
